公開日:2025.12.21カテゴリー:印鑑について
更新日:2025.12.11

契約書への押印は、その内容に同意したことの証として非常に重要な意味を持ちますが、その手続きにおいては、安易な判断が後々大きなトラブルを招くことがあります。
特に、本来の当事者ではない者が「代理で押した」と主張したり、契約書に「捨印」があったりする場合、その法的効力や許容される範囲について、多くの疑問が生じているのが実情です。
意図しない契約内容の変更や、それに伴う金銭的損失のリスクを回避するためには、これらの制度の正しい理解と、慎重な対応が不可欠となります。
「代理で押した」は通用しない委任状なし押印のリスク
基本的に契約は無効に
委任状などの正当な代理権がないにもかかわらず、他者が本人の代わりに契約書へ押印する行為は、法律上「無権代理行為」として扱われます。
これは、本人の意思に基づいて行われたものではないため、原則としてその契約は本人に対して効力を生じず、無効となります。
たとえ押印した者が、後から「本人のために押した」と主張したとしても、法的な代理権が証明されない限り、契約の効力を本人に主張することはできません。
例外的に有効となるケースとその条件
無権代理行為であっても、例外的に本人がその行為を追認したり、表見代理が成立したりする場合には、契約が有効とみなされることがあります。
表見代理とは、本人に落ち度があり、第三者から見れば代理権があると信じ込ませるような事情があった場合に、本人に責任を負わせる制度です。
しかし、これらの例外が適用されるのは限定的であり、通常は本人の意思を尊重するため、無権代理行為は無効とされるのが原則です。
誰が押印したか不明な状態のリスク
契約書に誰が押印したのかが不明確な状態は、契約の成立そのものを危うくする重大なリスクをはらんでいます。
押印行為は、契約内容への同意を物理的に示すものですから、その押印が誰によって、どのような意思で行われたのかが曖昧であれば、契約の有効性を客観的に証明することが困難になります。
これにより、後々「契約は成立していない」「契約内容に同意していない」といった主張がなされた場合に、紛争に発展する可能性が高まります。
捨印はどこまで訂正を許容するのか?
誤字脱字など軽微な修正に限られる
契約書に設けられる「捨印」とは、後日、誤字脱字などの軽微な記載ミスを発見した場合に、訂正を容易にするためにあらかじめ押された印鑑のことです。
これは、契約書の内容そのものを変更するのではなく、あくまでも記載内容の正確性を担保するための補助的な役割を担います。
したがって、捨印による訂正が許容されるのは、契約の根幹に関わらない、ごく軽微な修正に限られるというのが一般的な解釈です。
契約金額など重要事項の変更は無効
契約金額、契約期間、物件の所在地、当事者の氏名など、契約の成立や内容に決定的な影響を与える重要事項について、捨印を利用して独断で変更を加えることは、原則として認められません。
このような重要事項の変更は、当事者双方の真意に基づく合意が不可欠であり、捨印を悪用した一方的な改ざんは、その変更部分のみならず、契約全体の有効性を否定される原因となり得ます。
捨印の本来の目的と誤用の危険性
捨印の本来の目的は、契約締結後に発生しうる些細な記載ミスを、いちいち当事者全員の再署名や追加契約なしに、迅速かつ簡便に修正できるようにすることにあります。
しかし、この制度が悪用され、捨印があることをいいことに、契約書類の白紙部分に契約内容と異なる記載を書き加えたり、重要な数字を書き換えたりする危険性が指摘されています。
安易に捨印を押すことは、このような改ざん行為を許容する余地を与えかねません。
契約金額などの重要事項の改ざんリスクはあるか?
意図しない改ざんによる契約無効の主張可能性
捨印がある契約書において、契約金額などの重要事項が本人の意図しない形で改ざんされた場合、それを発見した本人は「改ざんされた」と主張し、契約の無効や、訂正前の内容での履行を求めることが法的には可能です。
しかし、改ざんの事実を具体的に証明することが求められるため、押印当時の状況や、改ざんの経緯などを証拠として示す必要が生じ、その立証は容易ではない場合が多いのが実情です。
改ざんの証拠がない場合のリスク
もし、契約書に改ざんがあったとしても、それを客観的に証明できる証拠がない場合、契約書に記載された内容がそのまま有効な契約内容として扱われてしまうリスクがあります。
捨印があることで、後から「契約内容が変更された」という主張がなされた際に、その変更が正当なものとして認められてしまう可能性も否定できません。
結果として、本人が全く意図していなかった不利な条件で契約を履行せざるを得なくなる事態に陥りかねません。
裁判になった場合の判断基準
捨印のある契約書で重要事項の改ざんが争われた場合、裁判所は、捨印の有無だけでなく、契約締結時の状況、押印した人物、訂正の経緯、提出された証拠などを総合的に考慮して判断を下します。
捨印があるからといって、改ざんが自動的に有効となるわけではありませんが、改ざんの事実を証明する責任が誰にあるのか、あるいは契約内容の解釈が複雑になるなど、紛争解決が難航する要因となり得ます。
委任状なしの押印で損害を回避するには?
契約内容を事前に確認
契約書に署名・押印をする前に、その内容を隅々まで熟読し、自身の意思と合致しているか、理解できない点はないかを入念に確認することが最も基本的な、そして最も重要な損害回避策です。
特に、契約金額、支払条件、納期、責任範囲といった重要事項については、誤解や認識の相違がないように、不明な点は必ずその場できちんと質問し、納得のいく説明を受けるように努めるべきです。
委任状なしでの押印は拒否する
代理人からの押印の依頼を受けた際には、必ず相手方に正当な委任状の提示を求める姿勢を徹底してください。
委任状がない、あるいは提示された委任状の内容が不明確な場合は、安易に押印に応じるべきではありません。
たとえ相手方が「後で委任状を提出する」「本人の了解を得ている」と説明したとしても、無権代理行為のリスクを考慮し、断固として押印を拒否することが、後々のトラブルを未然に防ぐための賢明な判断となります。
不明点は弁護士などの専門家に相談する
契約内容が複雑で理解が難しい場合や、捨印の利用、代理人の押印など、何らかのリスクが懸念される状況においては、一人で判断せず、弁護士や司法書士といった法律の専門家に相談することを強く推奨します。
専門家は、契約書の内容を法的な観点から精査し、潜在的なリスクを的確に指摘してくれます。
専門家のアドバイスを受けることで、自身では気づけなかった問題点を把握し、予期せぬ損害から自身を守ることが可能になります。
まとめ
契約書における「代理での押印」は、正当な委任状がなければ原則として無効であり、後から「代理で押した」という主張が通用しないことを理解しておく必要があります。
また、捨印は誤字脱字などの軽微な修正に限定されるべきであり、契約金額のような重要事項の改ざんには使えません。
意図しない改ざんによるリスクや、それによって生じる損害を回避するためには、契約内容の事前確認を徹底し、委任状なしでの押印は断固として拒否することが肝要です。
不明な点や懸念がある場合は、迷わず弁護士などの専門家に相談し、慎重な対応を心がけましょう。













































